フェチはフェティシズムの略とのこと。「フェティシズム」とは、元々は宗教学の分野で、木片や貝殻、石などに呪力や神聖なものが宿ることを指した言葉だったそうだ。現在では特定の種類の物に偏愛を示す人のことを表すようである。それでいけば「奄美が特に好き」ということか。今なら「奄美推し」とでも言うのだろう。
「奄美フェチ」を自認するのは千葉県に住む池田佳則さん(いけだ よしのり さん66歳)である。若い頃からギターなど音楽に親しんできた池田さんは10数年前から沖縄の三線<さんしん>を習ってきた。三線をマスターしたところで、今度は奄美の三味線に関心を持ち始めた。池田さんによれば、沖縄の三線はもともと男の奏でる楽器でキーが低い、一方、奄美の三味線は音が高く、叩くような響きだという。
Webなどを駆使して手がかりを求めていた池田さんは、奄美市住用町で民泊を営む満香恵子さん(みつ かえこ さん)と知り合うこととなった。7年ほど前である。満さんは、島唄の第一人者で、唄い、踊り、そして三味線を弾く。大手建設会社に勤めていた池田さんは退職を機に足しげく奄美に通い始め、満さんから三味線を習い、また、ギターと三味線のセッションも楽しんでいる。
池田さんは奄美の雄大な自然にも魅せられた。例えば、本土では見られない、ジャングルのような亜熱帯の原生林。樹木に着生するシダ植物の「オオタニワタリ」をモチーフに「オオタニワタリのワルツ」を作曲しCDに収めた。
年に数回、多い時は2カ月にいっぺんほど奄美にやって来る池田さんである。池田さんを突き動かすものは何だろう。もちろん、根底にあるのは音楽なのだが、そこからつながるのは「奄美の人々」である。
池田さんは、満さんとのつながりで、楽しくおもしろい人々を紹介してもらった。その一人は、ネイチャーガイドを務めながら、秘密基地と言おうか隠れ家のような生活を営んでいる男性である。五右衛門風呂に入りタンカン畑でバーベキューを一緒に楽しんだりもした。風呂に浸かりながら眺める満天の星々は圧巻である。東京で生まれ、そしてこれまでずっと都会で生活してきた池田さんには、土の匂いや森のざわめき、鳥や獣たちの声は、最初は驚きこそしたが、今では懐かしさを覚えるのだ。人間の持つ本来の感性に訴えるのかもしれない。
そして、また、唄仲間の満香恵子さんや青井秀美さんら数人で、畑の中にある小屋で「唄アシビ<遊び>」を楽しんでいる。それこそ、三味線やギターを奏でながら、島唄や歌謡曲を、歌い、踊るのである。小屋は、自宅以外、仕事場以外のいわばサードプレイスである。ここで、いっときの間、遊びに没頭する。島唄や八月踊りなどに象徴されるように奄美は芸能のDNAが色濃く残されている。昔の人たちは、つらい労働を忘れるべく唄や踊りに気持ちを託したことだろう。
ところで、この「唄アシビ」のグループから「harmony♪」という2人組の音楽ユニットが生れた。池田さんと、グループのメンバーの榎田るり子さん(えのきだ るり子 さん)がそうである。榎田さんは以前からギターと唄とのコラボを熱望しており、池田さんの出現でそれが叶ったわけである。榎田さんは奄美出身だが現在は鹿児島市在住である。2人は、千葉と鹿児島との間でシンクルームというアプリを活用し毎日のように音合わせに余念がない。「harmony♪」は奄美市や鹿児島市でコンサートをたびたび開きその成果を発表している。実は、先ほどの「オオタニワタリのワルツ」には榎田さんがハーモニカで出演しているのである。
さて、下の写真は、宇検集落の民泊「みんなの家」での「唄アシビ」の様子である。池田さん、満さん、青井さん、榎田さんとともに地元の集落の人たちも加わって、島唄や歌謡曲、はてはジャズまでも楽しんだ。
観光地巡りだけではおもしろくないという池田さんは、このように音楽を通じて奄美のいろいろな人と交流を深めており、先日は、唄仲間とともに奄美の施設を訪れて、子どもから大人までおよそ50人と唄い踊って盛り上がったそうである。
池田さんの、ひと言、ふた言、み言。 「言いたいけれど教えたくない奄美の魅力は、ほかにもたくさんあります。それは、行きつけの大好きな居酒屋を教えたくない気持ちに似ています。こんなにも楽しい時間をいただいている奄美の皆様には、今風にいうと『感謝しかない』気持ちです。『お帰りなさい』と言っていただける方がいる限りは、今後も奄美に通い続けようと思います。」
<えびおじさん>

池田佳則さん

ユニット「 harmony ♪ 」池田さんと榎田るり子さん



満 香恵子さん

青井秀美さん

後列 池田さん、宇検集落の出水由香里さん、青井さん、榎田さん
前列 満さん、宇検集落の植田るり子さん
