2022-05-13
今から60年前の昭和30年代は、テレビもあまり普及しておらず、情報や娯楽は新聞やラジオそして雑誌からだった。小学生だったえびおじさんたちの話題はもっぱら月刊誌の漫画だった。男子に人気があったのは鉄人28号と鉄腕アトムで、学校帰りの田んぼの畦道を辿りながら、どちらが強いか、友だちと侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をしたものだ。別々の漫画だから両者が出会うこともなく、また、どちらも正義の味方だから相まみえるはずもないのだから不毛の議論である。しかし、巨大な体で機動力のある鉄人28号と、俊敏で人間と会話もできるアトムのそれぞれの優位性を語り合うことが楽しく議論は家に着くまで続いた。
長年にわたって人気があるのがドラえもんである。えびおじさんの子どものころにはまだ誕生していなかった。それでもその能力はえびおじさんも認めるところである。
もし、この3人のロボットが現実にいたらと思うことがある。それは、大きな建物を作る工事現場である。鉄人28号が鉄骨や大きな材料を軽々と持ち上げて運び上げ、細かなところはアトムが取り付けて回る。最終チェックはドラえもんにお任せだ。不備があったら、「どこでもドア」ならぬ「ここにもドア」と唱えて新しい部屋を作っていくのだ。皆、空間を飛びまわれるから作業は早い。これだと、数年かかる建設工事が数日で出来上がるのではと想像をめぐらす。漫画ではありえなかった協働作業がここで初めて実現する。工事のスピード化を図るのだったら、これらのロボットの開発に力を注ぐ方が早道ではないかと妄想する。
鉄腕アトムはほぼ人間の大きさだが、鉄人28号は身長18メートルほどの巨体である。漫画では想像できなかったが、作者の出身地の神戸にその実物大のモニュメントが完成しており、神戸を訪れた際、改めてその大きさにびっくりした。驚いたついでに上までよじ登ってみたかったが、転げ落ちてもアトムが助けに来てくれそうもなかったので鉄人28号と同じポーズの記念写真で我慢した。
このようなスーパーヒーローが平和の使者になってくれたらとも思案する。
穏やかな日本とは裏腹に地球の反対側では今も激しい戦闘が展開されている。建物が破壊され罪のない人たちが無残にも殺され、大勢の市民が家を失い避難民となっている。SNSの発達で戦場の生々しい映像が世界中に拡散している。これが21世紀の人間の所業かと疑いたくなる。国連などの調停作業も進められているようだがなかなか停戦に持ち込めない。人間の力の限界なのか。
戦場に3人が向かう。飛び回るだけで双方の軍隊がともに恐れをなし戦意が鈍る。
実は、ドラえもんは新しい道具を開発していた。「気持ち入れ替わりライト~ ♪」である。ライトを当てると、途端に自分と相手の気持ちが入れ替わる。相手の気持ちが分かると戦いをやめたくなる。
ドラえもんは、さまざまな能力とともに、諦めない気持ち、優しい心が特徴だ。最大の得意技は説得力だという。これまでも機知に富んだ言葉でさまざまな危機的場面を収めてきた。平和主義者である。今回はどのような言葉を発するのだろうか。
「戦いは悲しみだけだよ」
「欲しいものがそんなにあるの」
「宇宙から見た地球はきれいだよ」
残念だがドラえもんは実在しない。人間たちのあまりの不甲斐なさに思わずスーパーヒーローの出現を期待したえびおじさんである。ドラえもんの叡智を21世紀の指導者たちも学んでほしい。力の応酬はさらに力の応酬を招く。大事なのは話し合いである。
平和な時代に生まれて平和は当たり前と思って過ごしてきた。しかし、文学者や歴史家に言わせると平和は一筋縄ではいかないようである。
「長い平和の合間に戦争がある」のではなく「戦争の合間に平和がやって来る」というから衝撃を覚える。さらに「歴史は繰り返さないが、韻(いん)を踏む」らしい。 <えびおじさん>