2021-05-20
ずいぶん昔のことだが、都会のサラリーマンにはお昼どきにランチビールというものがあった。「ま、一杯だけ」という気軽さだ。会話をスムーズに進めるためのツールという要素もある。明るいうちから酒を口にすることに最初はびっくりしたものだ。公共交通機関に乏しく車の運転が当たり前の宇検村では昼間のビールはご法度である。そういった習慣がまずない。昼間から呑めるのはお盆と正月それに豊年祭くらいである。今でもランチビールはあるのだろうか。しかし、このコロナ禍では堂々と呑むには気が引けることだろう。
ビールのうまい季節となった。ワイワイガヤガヤと呑むのが本来的な楽しみ方だが、こういう状況下ではそれもままならない。
夕暮れが迫るころ、ビールを持参して同じ宇検集落のUさん宅に赴く。ほとんど毎日である。仕事上がりのビールがうまいということももちろんあるのだが、Uさんのお宅からの眺めがすばらしいのである。
焼内湾<やけうちわん>に面した庭先のベランダから枝手久島<えだてくじま・山頂の高さ322m>が望める。空も海も美しい。水彩画のような一幅の絵である。そしてこの絵が時間とともに変化していく。この変化が楽しい。自然の醍醐味である。フランク・プゥルセル オーケストラの「空と海と太陽と」が似合いそうである ♪
2人のおじさんがしゃべることもせず、ただただ沈黙して眼前の景色だけを眺めながらビールを傾けている。2人がカッコよくサマになっているかは別として、これもなかなか良いものである。コロナは憂鬱だが新しい楽しみも教えてくれた。
太陽が少しずつ傾いて、鮮やかな風景が山水画のモノトーンに変わっていく。枝手久島の山肌に白くうっすらと雨が降りかかる。通り雨である。先日、奄美は梅雨入りした。いよいよ雨の季節である。今年の梅雨入りは平年より1週間早い。夏の訪れも早いのかもしれない。
この風景だけでも充分ビールのつまみになる。「席料を払おうか」「5000円!」という冗談まで飛び出す始末だ。
暗くなると生き物たちがとたんににぎやかになる。朝を告げる鳥だと思っていたアカショウビンが「クッカルー」「クッカルー」と、薄暗くなったこの時間帯にも鳴き始める。湾を囲む山々からの鳴き声は一日の終わりと今日の安息を伝えている。透き通った声は、まるで天女の歌のようだ。ひとしきり鳴くとどこかへ行ってしまった。夏鳥として南から渡って来たこのアカショウビンを地元の人は、愛情を込めてクッカルーと呼んでいる。
昼間おとなしくしていた海の生き物たちもやおら動き始める。目の前に魚の群れがやって来た。Uさんによれば、これはサバの仲間のアギで、ダツやハリセンボン、ミノカサゴ、チヌもやって来るという。そんな話をしていたら、現に、ハリセンボンがゆったりと横切って行った。水面からチョコンと顔を出してこちらをうかがっているのはアオウミガメだ。竜宮城からおじさんたちを迎えに来たのだ。どちらのおじさんが乙姫様にふさわしいか見定めている。
「このあたりのカラスはDHAが豊富な魚を食べていて賢いから、つまみを取られないように!」と、Uさんから注意を受けていたにも関わらず、ほんの数十秒だろうか、2人とも席を外した隙にやられてしまった。戻ってきた時には、カラスが柿の種の小袋を足で掴んで飛び立つところだ。オレンジの袋が夕闇に吸い込まれていった。山で待っている「七つの子」と一緒に食べることだろう。
すっかり暗くなると今度は天体ショーだが、梅雨に入ったので残念ながら期待できない。天気の良いときは、満天の星星、飛行機の点滅、時には人工衛星の通過が見られる。轟音とともにやって来るのは沖縄からのオスプレイだ。これだけは勘弁いただきたい。ビールの味が変わってしまう。
暗くなってからは焼酎やウイスキーなど強めの酒だが、少し明るいうちはビールが良く似合う。アルコール度数の違いのせいだろうと勝手に講釈を垂れている。すっかり夜になってしまった。
電車を眺めながらの大都会のビールもいいが、大自然と向き合って吹き渡る風や波の音を聞きながらのビールもなかなかだ。この楽しさを都会の人たちにも教えてあげたい。
<えびおじさん>
追伸
新型コロナの蔓延で東京オリンピック開催の可否が混沌としている。そんな中、奄美に朗報が舞い込んだ。「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」の世自然遺産登録についてユネスコの諮問機関が「登録」を勧告した。正式には7月に決定するが、合格のお墨付きをもらった形だ。2回目の挑戦だった。奄美では湯湾岳<ゆわんだけ・694m>が中心的な存在になる。湯湾岳のある宇検村は大いに脚光を浴びて世界的に知名度が上がることだろう。貴重な自然を後世に残しつつ、世界中にこの素晴らしさを伝えていきたい。宇検養殖のえびたちも慶事に沸き立っている。