2022.09.29
台風11号は突拍子もない行動を取って沖縄付近で鋭角に反転した。まるで、何かに驚いて慌てて引き返す動物のようである。例えば、ハブに出会ったネコ。ピョンと飛び上がって一目散に逃走する姿が想像できる。ネコは長いものが苦手らしい。
緩やかな曲線を描くのが台風のルートだと思い込んでいたえびおじさんにはこの反転は驚きだったが、もっと驚いたのは、これを事前に予測した気象関係者の判断にである。理系的な頭脳に乏しく情緒的でしかも大雑把なえびおじさんには想像もつかなかった。「まさか。ほんまかいな??」と少し疑いの目でテレビの予報図をずっと眺めていた。
予報官は、気圧配置や海水温、偏西風などさまざまなデータを集め、コンピュータの力も借りて科学的・合理的な判断を下すのだろう。でも予報官たちもこの鋭角ターンには半信半疑だったのではと勝手に想像する。
しかし、その通りになった。「え~っ、ホントだったのだ!」と感心したえびおじさんである。水戸黄門にひれ伏す悪代官のように「へへ~っ!」と科学の力にびっくりしたのである。最近は、インターネットのおかげで他国の気象情報も覗(のぞ)けるようになった。そうしたなかで米軍の提供する台風情報も同様の予報だった。科学、おそるべし、である。
11号は幸いにも奄美をかなり離れて通過し直接の被害はなかった。だが、奄美には、毎年必ずと言っていいくらい台風がやって来る。年によってはいくつもである。台風常襲地帯とはいえ、やはり緊張する。
台風がどこを通過するかで状況が一変する。島の東側である太平洋を通る場合と西側の東シナ海を通るとでは風の強さが違う。これは台風の持つ特性よるもので台風の右側に強い風が吹く。このため、台風との距離にもよるが、東シナ海を通過する場合の風の威力は凄まじい。グオーッという音はこの世の断末魔の唸り声のようでもある。若いシュロの木がほぼ直角にしなる。
太平洋側を通る場合はさほどのことはない。しかし、この場合も、風が回り込んで、場所によってはサトウキビなどに被害をもたらすことがあるので一概に安心とは言えない。風だけならまだしも雨も要注意である。風で木々が揺さぶられて根元が不安定になると雨はそこを襲い土が洗い流される。
嵐の前の静けさ、というが、嵐は突然やって来る。天気予報のない時代には、人々はびっくりしたことだろう。その点、現代は気象衛星などのおかげで発生時から把握できる。事前準備ができるのが、台風と他の災害との違いだろう。
それでもやはり来ては欲しくない。どこかあっちへ行ってくれと祈りたくなる。でも、あっちの人たちも困るだろう。結局、自然の力に抗することはできない。従うのみだ。人々は雨戸を打ち付け舟を引き上げる。「台風は季節の行事みたいなものさ」と豪語する友人は特に慌てる様子もなく平然と準備をしている。
本土との間を結ぶ船が止まり飛行機が飛ばなくなる。台風が去ってしまえば飛行機はすぐに回復するが船は少し手間取る。その間、生活物資が滞る。店の陳列棚が空っぽになることも稀ではない。友人は「そのことも織り込み済み」と泰然自若である。
台風がやってきたら、山の中に住む、ハブやクロウサギ、ヤギ、リュウキュウアカショウビンはどうしているのだろう、そしてケンムンも。「ああ、やって来たな。でも自然に逆らってもしょうがないね」と彼らも肚(はら)を括ってじっとしているのだろう。風や雨が収まると、待ちかねていたように鳥が鳴き始める。明るい時間なら蝶も舞い始める。
地球の気候変動で温暖化がますます顕著になり、水蒸気をエネルギーとしている台風は大型化し狂暴になっている。被害を食い止めるべく、科学者の間では防衛策が考えられつつあるようだ。例えば、台風の目の中に氷を撒くと気温が下がって衰弱化するらしい。期待したい気持ちもあるが、自然の摂理に抗するような行為のような気がしないでもない。台風にはそれなりの存在意義もあるのだろうから。
台風はその後も発生し続け、9月29日<木>現在、18号である。一方、彼岸を過ぎて暑さもずいぶん和らいできている。台風一過の空には澄み切った空気が広がり涼しい北の風が入り込んでくる。