活車えび宇検養殖株式会社

宇検だより

 ゴジラ南下

2019-11-28

「ゴジラは東京湾を離れて南に向かいました。」たしかこういったナレーションで映画は終わったように記憶している。「南に向かっている、大変なことになるぞ。」ゴジラは東京の街をあらかた壊したばかりだ。そして、今度は、南に向かっている。鹿児島に来るかもしれない。鹿児島に来たら街はひとたまりもない。私は青ざめて映画館を出た。しかし、商店街を歩いている人たちはなにごともなく平然としている。このことを知らないのだろうか。

昭和30年代、日本は高度成長時代にさしかかっていた。えびおじさんは小学生だった。映画は作りものだという認識はなく、現実と仮想との区別がつかなかった。えびおじさんと似た思いを持った人が他にもいたようだ。以前、奄美のFMで、地元の女性タレントが「白状」していた。「わあ、どうしよう、どうしよう。」とあわてたらしい。この人も、南下するゴジラの動向を心配した1人だったのである。このような子供たちは全国にたくさんいたのだろう。子どもの心にはサンタクロースもいたのだから。最近の子供にはポケモンもいるらしい。

子どもにとって映画の影響はなかなかのものだった。感情移入しすぎて、主人公になりきってしまい、えびおじさんは意気揚々と映画館を出てきたこともある。「夕日のガンマン」などは、高校生になっていたが、十分その気にさせたものだ。もう少し大きくなってからは「寅さん」だろうか。さすがにガンマンになれるとは思わなかったが、寅さんにはあこがれた。これは今でも変わらない。映画音楽も欠かせない。今でも口ずさめばその情景がよみがえってくる。映画はテレビ出現前の娯楽の王様だった。

映画が人生の選択につながるケースもある。映画にあこがれて映画監督や俳優の道に進んだ人もいれば、登場人物にあこがれた人もいる。私の先輩は「ローマの休日」を見て新聞記者にあこがれた。この映画は、王女と貧乏な新聞記者の決して報われない愛の物語だ。オードリー・ヘップバーン(Audrey Hepburn)の王女様も美しく可愛かったが、新聞記者のグレゴリー・ペック(Gregory Peck)がとてつもなく格好良かった。甘いマスクと190センチの長身で、知的な雰囲気を醸していた。ひょっとしたら、あの映画は、新聞記者募集のリクルートに大いに役立ったのではなかろうか。その頃の新聞の隆盛を思うと合点がいくのである。新聞が時代の花形だったころである。裏を返せば、だからこそ新聞記者を映画の主人公にしたのかもしれない。めでたくも新聞記者になった先輩に、王女様のような女性との淡い物語があったかは今もって聞けないでいる。

影響を受けるのも感受性の高い若い頃ならではだろう。大人になって現実と仮想の区別もつくようになってしまった今では映画を見ても冷静に眺めるだけである。それはそれでしかたないのだが、映画に同化し主人公になりきったあの頃が懐かしい。

ゴジラの南下を恐怖の思いで受け止めた奄美の女性タレントはどうしているのだろう。いちど、気持ちを共有してみたいものだ。一方、南下したゴジラは今どのあたりだろうか。50年以上たった今、奄美の近くかも知れない。夜になると上陸して山に隠れ奄美のケンムンと連絡を取りあっているのかもしれない。人間たちの動きはすでにお見通しなのだ! 奄美の夜の街をさまよっていると、ふとそんな気がしてくる。(文:えびおじさん)

追伸

ゴジラの映画を見たのはずいぶん昔のことでかなり記憶があやふやである。南下したのは、ひょっとしたら別の怪獣だったかもしれない。が、えびおじさんはゴジラだったと信じているのだ。

 

 

 

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