活車えび宇検養殖株式会社

宇検だより

田植えは楽し 🐸 ♪ 

2019-09-24

えびおじさんは、仕事場(養殖場)のある奄美の宇検村と、住まいのある鹿児島市を往復する生活である。いわば二重生活だが、この言葉はやや暗い響きを伴う。友人が「どちらも楽しむ」という意味から「ダブル生活」としてはどうかと言ってくれた。同じ県内と言いつつも、それぞれに特徴があり、ダブルの生活はどちらも面白い。

「宇検だより」と掲げているが宇検村の話題がやや少ない。宇検村以外の話題が混在している。宇検村での滞在時間がもう少し多ければたくさんの話題を見つけられるのだが・・・  申し訳なくも、今回も「宇検だより」とは程遠いテーマになった。お許しいただきたい。

数十年ぶりに田植えを経験した。梅雨まっ盛りの6月下旬、薩摩半島にある南九州市でのことだ。田植えを通じて少しでも農業を理解してもらおうという、地元の農家が主催する企画である。鹿児島市など近隣の市や町から、農業とは縁のなさそうな20名ほどが参加していた。私のようなおじさんやおばさんの年齢の人から、子供連れの若い家族までさまざまだ。私たち世代は懐かしさから、若い世代は、田植えとはどんなものかという素朴な疑問からのようである。

雨の中、「手植え」の田植えだった。「手植え」とわざわざ書いたのは、昔と異なり、数十年前から機械による田植えが主流となった。人間が一列に並んで一斉に植えていく昔ながらの(本来というべきか)田植えの風景は、狭い山間部を除いて、今の日本ではほぼ絶滅状態なのである。今回は「手植え」を体験してもらおうという農家の試みである。

裸足になって泥田に足を踏み入れる。砂浜の砂でもなく清冽な川の水とも違う。ぬるっとした足の裏の不気味な感触。皆も感じているはずだ。しかし、だれも、この不安を口には出さない。カエルの鳴き声。

20人が一列に並んで、張られた紐の目印に合わせて植えていく。苗を2~3本ずつ泥の中に差し込む。こんな華奢(きゃしゃ)な苗が稲に育つのだろうかという不思議と、大地に生命をあずける、希望にも似たようなものが交錯する。

手植えは30分ほどで終了となった。雨が強くなったため、残りは機械に任すことになった。田舎生れ、田舎育ちのえびおじさんは最後まで粘りたかったのだが。

ぱらつく雨の中、一族郎党もしくはご近所の手伝いを得て、一列に並んで一斉に植えていく。ときおり、泥田に足を取られて尻もちをつく。ヒルもいる。こういった「手植え」の風景は、今や、童謡・唱歌の世界だけになってしまった。しかし、今回、「手植えの楽しさ」を久しぶりに味わえたのは大きな収穫だった。「手植えの良さ」は、田んぼの中に一つのコミュニティができることだろう。顔見知りに限らず見知らぬ人たちも一緒になって、田植えというひとつのテーマに向かい、田んぼと悪戦苦闘する。人間たちは、大げさにいうと同志となる。さらには、紐で繋がる連帯感である。いつの間にか見知らぬ同士の世間話も始まる。家族のこと、学校のこと、そして晩酌の焼酎のことである。

最近の田植え機は、GPS機能を搭載し人間による操縦がまったく不要な機械もある。現に、この日、人間たちの格闘のあとは、GPS搭載機が何の苦もなく、そそくさと植えていった。こちらとしては、唖然、茫然の体(てい)である。技術の発達が人間の労苦を減らした。しかし、むしろ、農家の高齢化、後継者不足といった止むに止まれぬ事情が技術の発達を促したとも言える。

植えた後は「さなぶり」である。さなぶりは「早苗(さなえ)振る舞い」が「さなぶり」になったと言われ、漢字も、早苗の御馳走(おもてなし)を意味する早苗饗と書くという。田植えを無事に終えたことを、神さまに感謝し人にも感謝して宴が催される。この日は、近くの公民館で催された。私の労働以上のごちそうだった。ここでも話が弾んだ。

余った苗があったので、自宅に持ち帰った。「バケツ田んぼ」を試してみたくなったのだ。農家の方の「水を切らさなければ大丈夫」という言葉を信じた。にわか農家である。留守にするときは、えびおばさんが農家の主婦になって、毎日、水を遣(や)った。果たして、8月下旬には出穂(しゅっすい)した。スックとたくましい。弱々しかった苗が、一人前のガキ大将のようになった。そして、今は、穂が垂れ下がっている。米は、文字通り、八十八の手間を要するといわれるが、えびおじさんのは「肥料も遣らず、水だけ」の稲作だった。はたしてこれで良かったのだろうか。愛情は注いだつもりだが・・・

あれから3か月がたつ。今年の夏は、幸いにも、台風らしい台風は鹿児島本土には来なかった。田んぼにもう秋の風が吹き始めた。稲はいまごろさわやかな風を楽しんでいるだろう。

バケツの稲穂はつぶやいている。「ほんとうはバケツではなくて、ぼくも広い田んぼで秋風に揺られたかったのだけど・・・」 許してくれ。庭の風も良いものだぞ。  (文:えびおじさん)

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