活車えび宇検養殖株式会社

宇検だより

南の島 朝歩き

2019-06-11

梅雨の晴れ間、宇検集落の朝の散歩としゃれ込んだ。

宇検村の朝は早い。6時になると、全村一斉に、スピーカーから時刻を知らせる音楽が鳴り響く。季節を問わず6時に、である。時刻は全国どこでも同じだが、朝夕の訪れは、奄美は東京に比べて40~50分遅い。夏場はともかく、6時と言えば冬はまだ真っ暗である。旅行客は、突然のことに、当然のごとくビックリする。

集落ごとに置かれているこのスピーカーは、湯湾集落にある役場と各集落を結んでいる。朝の6時の起床(なんと、これはベートーヴェンの「歓びの歌」である。)、正午のお知らせ(このときは村民歌が流れる。テンポの良い、私に言わせれば名曲である。口ずさむ。)、夜9時には、役場職員による「おやすみなさい。火の用心をお忘れなく。」で、音楽はない。基本的にはこの3つだが、もちろん必要があれば村役場からのお知らせも入る。この、少しビックリさせられる突然の大音量は都会ではちょっと考えられないが、村人に寄り添うごとくの「生活のスピーカー」なのである。

さて、6時のチャイムとともに宇検村の宇検集落の散歩に繰り出した。すでに明るいが、陽はまだ山に隠れていて涼しい。静かな夏の朝である。聞こえるのは、焼内湾のおだやかな波の調べと鳥たちのさえずりである。そして、心地よい静寂を彩るのが夜香木(やこうぼく)の香りである。

夜香木は「ナイトジャスミン 南国の花」と辞書にある。集落の、庭、庭に植えてある。花は、昼は閉じていて夜になると開く。夜の名残りのこの時間に、夜香木は、まだ、その強烈な香りを放っている。その香りの強さから「安物の化粧品の匂い」と悪態をつく輩もいるらしい。少し離れてみると良い。柔らかな高級化粧品に変貌すること請け合いである。しかし「高貴な心」の花言葉を持つ夜香木に向かって、安物化粧品の蔑称はないだろう。それにしても、安物と高級品の嗅ぎ分けができるこの人の経験をつい想像してしまう。むしろ、私は、昭和の頃の母親たちの化粧品の香りを思い出して懐かしいのだ。

宇検集落の「銀座通り」にさしかかった。全国に銀座通りは数々あれど、コンパクトにまとまり、且つ、人情味あふれる銀座通りは、ここをおいて、他にはないだろう。概要を紹介しよう。通りを挟むように、相撲の土俵と商店がひとつ。消防団の詰め所があり、始発・終点のバス停がある。バスは奄美市街と通じている。店は、朝、昼、夕方の1時間ずつ開店する。

だいたいのイメージは掴んでもらえただろうか。この銀座通り、夕方ともなると、集落の人たちが土俵の前の広場に三々五々やって来る。買い物がてらの会話を楽しむ。ビール片手に男たちの談義も始まる。都会のサラリーマンが仕事帰りに屋台を楽しむ構図と同じである。赤ちゃんもお年よりも、犬も猫もやってくる。犬と猫は赤ちゃんの良き話し相手だ。そのにぎやかな広場も今はまだ静かである。

住宅地を山の方に少し登っていく。ふり返ると、焼内湾が徐々に見えてくる。車社会の発達とともに、村の中心は湾奥の湯湾集落に移ってしまったが、ずっと昔は、湾の入り口に位置するこの宇検集落が政治や経済の中心地だった。海上交通が交通手段の大部分を担っていた頃のことである。西郷隆盛も立ち寄ったと言われる。また、つい数十年前まで、ここにはカツオ節工場もあった。残念ながら今はそれもない。

住宅地の高台から焼内湾が望める。ここに、内外の船がやって来たのだろう。アジアだけでなく青い目の人もいたに違いない。ガジュマルの木がひとり生い茂っている。数百年経つだろうこの木は集落の栄枯盛衰を見てきたはずだ。

感慨に浸っていると、ウオーキング中のTさんに出会った。Tさんは宇検村役場に勤めており、毎朝、ウオーキングを楽しむスポーツマンである。5~6キロくらい歩くのが日課らしいが、よくよく聞くと、道路や川、護岸の見回りを兼ねてのウオーキングということだ。おりしも、梅雨どきの大雨の時期である。ただ歩くだけの人ではなかったのだ。自己の仕事への忠実ぶりに、「ハ、ハーッ」と私は頭を下げた。

陽もだんだんと昇ってきた。今日も暑くなりそうである。そろそろ仕事場(養殖場)に向かおう。それにしても、雨はいつ降るのだろうか、梅雨入りからかなり経つのだが。          (文:えびおじさん)

夜香木の花

ガジュマルの木 焼内湾が見える

 

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