活車えび宇検養殖株式会社

宇検だより

応援、よろしくお願いします。

2019-05-07

球春到来である。野球にさほど詳しくないので、ただぼんやりとテレビを眺めるだけだが、いつも気になることがある。それは、試合後のインタビューで、選手が「これからも、応援、よろしくお願いします。」と宣(のたま)う挨拶である。プロの選手からこの言葉を聞くと、私はガクッとなる。選手たちにとっては常套句で、何気なく口にしているのだろうが、プロが素人に応援を求めようとするのがなじめない。

野球の求道者イチローはさすがにそういうことはなかった。数年前のインタビューで「僕は口が裂けても、応援、よろしくお願いします、などとは言わない。」と強い口調で話していた。引退直後の記者会見でも「(ファンのために)最後のヒットを1本打ちたかった。」と残念がったそうだ。決して「(僕のために)応援をお願いします。」などとは言わないのである。これが、磨いた力量、そして結果を出すことで、素人を引きつけようとするプロの矜持だろう。

ずいぶんと遡るが、「世界の王貞治選手」がホームランを打ってダイヤモンドを巡る時の姿が印象に残っている。淡々と、実に淡々と足を運ぶのである。その姿には、力量を示すとともに、謙虚さや王者の風格が感じられた。決してガッツポーズなどしない。ガッツポーズには、やっと打てました、の風情が感じられて、見ている方が少し恥ずかしくなる。プロなら打ってあたりまえと、悠然としていればいい。

最近見た野球中継でのこと。ホームランを打った選手に、チームメイトが本塁ベースでビールをかけて大騒ぎだ。言葉は悪いが、はしゃぐ様子はまるで幼稚園児である。観客は置き去りだ。まずは、お客様に感謝だろう。

熱烈なファンには異論があるかもしれない。しかし、やはり、プロの本質は、高い技術力や培った力量で、観客(素人)を楽しませることが第一の使命である。

と、これは、先日、暇をもてあまし気味の友人相手に、スポーツ評論家気取りで並べたゴタクである。「そんなことを言っていたら、時代後れの面倒なオヤジって、嫌われるぞ。」と、友人の非難の言葉を覚悟していたのだが、意外にも・・・。

「まったく同感だ!」

「せめて『まだまだ力不足の私ですが、応援していただけるような選手をめざして頑張ります』くらいのことが言えないのか! それが、大人として、プロとしての態度だ。」と。

ビールの手伝いもあってか、友人は、私以上に口角泡を飛ばす始末だ。こちらが力負けするような勢いである。そして友人の大いなる結論は「スポーツの世界も、プロとアマ、大人と子供の境い目がなくなってしまった。」である。

「こだわり & 偏屈オヤジ」は、私だけではなかったようである。

おいしいビールに感謝しつつの、春の夕暮れである。球春到来はビールの季節到来でもある。

偏屈ついでにもうひとつ。ビールかけはプロの専売特許のようだ。私はなかなかそういう気になれない。もったいないということもあるが、飲まれるために生まれてきたビールがそれ以外に使われたとしたら、ビールも哀しいだろう。

(文:えびおじさん)

鹿児島名物の「とり刺し」とビール

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