活車えび宇検養殖株式会社

宇検だより

高尾野(たかおの)の春 「なんとかなる」

2019-04-16

鹿児島県出水市高尾野町。高尾野町は鹿児島県の北西部に位置し、田園が広がっている。不知火海に面しているため風が強く、冬はけっこうな寒さである。北風に乗ってシベリアから万羽の鶴が飛来して越冬する。西郷(せご)どんを崇拝する塚元君はそこで農業を営んでいる。塚元君から春の便りが届いた。「高尾野だより」である。

大寒の前に田起こしをして一息ついていたところに、友人が交通事故に遭ったと連絡が入った。見舞いに行った。小柄でほそ身の友人は車いすに座って途方に暮れていた。幸いにも右足の甲の一部の骨折だけで済んだ。それでも右足にがっちりとギブスが巻かれた姿は痛々しかった。友人は「突然訪れた生活の変化にどう対処していいか心配だ」と語った。僕は、友人の車いす姿と、そよとも風のない病院内の空気に閉塞感を覚えた。

看護師がついて松葉杖の練習をするが数歩も歩けない。聞けば、足には、軸足と利き足とがあるとのこと。利き足は正確ですばやい動作ができる足で動作の中心となる。一方、軸足は利き足をサポートする足である。友人は右が利き足。骨折したのも右足だった。ギブスに固定されていても、床に触れただけで痛がっている。車いすに乗り込むのにも苦労していた。今までの生活に戻るのに多くの時間がかかりそうだ。

人間はバランスを失う時が突然やってくる。普通に生きていけることがどれほど尊いことか。今、バランスを失った友人がここにいる。僕にできることは応援することだけだった。「なんとかなる」。

慣れ:ある状態に長く置かれてるうちに違和感がなくなり、通常のこととして受け入れられるようになること(辞書より)

冬の寒さが緩むように、徐々に慣れがやって来た。友人は自宅に戻り、部屋や廊下のあちこちに椅子を置いた。家の中では車いすが使いにくいため、否が応でも松葉杖で生活せざるを得ず、疲れたらいつでも座れるように椅子を配置した。松葉杖の使い方をネットで勉強し、自分なりにカスタマイズしていた。骨折した右足をカバーするために楽に着脱できる靴を自分で探した。ガランツも「ポパイのほうれん草並み」に食べているという。「なってみないと分からないことがいっぱいある」そして「見えてくるものがある」と、友人は前進あるのみの装甲車のように語る。動作はゆっくりでも、生活や仕事に支障なく日々を楽しんでいる。医者もびっくりしていると話してくれた。「なんとかなる」は、やっぱり「なんとかなるものだ」。

ガランツ:鹿児島では、小型のいわしの干したものをガランツと呼ぶ。カルシウムが大いに含まれる。焼酎のつまみにも喜ばれる。

春。メジロの群れが河津桜を散らすころ、友人は杖も取らず、不器用に歩き始めた。いつのまにか歩いていることに気づいた、と笑っている。そう言えば、怪我をしたときから笑顔を絶やさなかった。心が強いのか無頓着なのか分からないが、前を向いて生きる人の強さを感じた。「慣れ」を悪く言う人もいるが、生きていくこと自体が「慣れ」そのものではないのか。

わが家ではツバメの巣作りが始まった。そして、夏に向けてトウモロコシの苗植えの準備が始まる。

「みんな元気でありますように」と先祖の墓前に手を合わす。そうしたら・・・「まあ、なんとかなるでしょう」と。   (文:塚元くん)

塚元家の庭の花々と、トウモロコシ畑

 

一覧に戻る→