活車えび宇検養殖株式会社

宇検だより

黒潮海道を行く その一

2019-02-12

えびおじさんの友人の村上光明(むらかみこうめい)さんは、空手の師範である、と同時に高名な写真家でもある。鹿児島市に住みつつも奄美との縁が深い方である。「黒潮海道を行く」と題して、HPに文章を寄せていただいた。

 

今から30数年前、鹿児島市に本部を置く、空手の「錬心舘(れんしんかん)」の全国大会が沖縄で開催され、私(村上)は審判員として参加しました。 鹿児島から沖縄へ向かう飛行機の窓から、種子島、屋久島、そしてトカラ列島に続き、大きな島が見えてきました。いわゆる琉球弧に沿って続く奄美の島々です。北から順に、奄美大島、喜界島、加計呂間島(かけろまじま)、請島(うけじま)、与路島(よろじま)、徳之島、沖永良部島、そして与論島です。それぞれの島にはどんな人々が住んでいるのだろうか? 福岡県の大牟田市出身の私は、大げさに言えば「未知との遭遇」を予感しました。好奇心が爆発した瞬間でもありました。

奄美の撮影を始めたのは1997年(平成9年)の5月、テーマは「徳之島の闘牛」でした。ゴールデンウイ ークで混雑する鹿児島新港からの船旅でした。船は満員で、臨時の2等船室はうす暗く車両スペースに畳を敷いてあるだけのものでした。

船には、連休で帰省する多くの高校生が乗っていました。ドラが鳴り船は出航しました。しばらくして高校生の集団の方から美味しそうなフライドチキンの匂いがしてきます。よく見ると、大人数で食べるチキンバーレルでした。それぞれに持っています。匂いにつられて、私が「船内で食べるの?」と聞くと「これは弟や妹など家族へのお土産です」と答えた。ご相伴にあずかろうと思った自分がなんとも恥ずかしい。なるほど、島には有名なフライドチキン屋さんがない(その後、名瀬市にできるが、閉店)。ケンチキは、島に住む家族への「都会の味」のお土産だったのです。

この高校生たちは、中学を卒業して島を出て、鹿児島の本土での1人暮らしです。島への帰省は、下りの船に1泊、島で1泊、そして上りの船に1泊。なんと故郷へ1泊4日の里帰りなのです。 私は、恥ずかしさとは別に、胸の奥底にジーンと何かがめぐり始めました。

人生初の奄美の取材旅行にあたり、実は私にはこだわりがありました。それは、飛行機ではなく、船で行くことです、しかも2等船室で。鹿児島市から徳之島までの距離を、船内での空気も含めて、自分の肌と時間で感じたかったのです。   このことには伏線がありました。

作家 開高健(かいこうたけし)のエッセイに、開高が、実際に、フランスのシャルル・ド・ゴール国際空港で見た光景が記されています。到着ロビーで、中年の紳士が大きな旅行用スーツケースに腰かけて、長い時間ぼんやりしている。心配になった空港職員が彼に質問した。「どうされました?ずいぶん長い間座り込んでいらっしゃいますが、どこか具合でも悪いのですか?」その男性がゆっくり顔を上げて空港職員に答えた。「僕はね、ずいぶんと遠くから、今、やっとパリにやって来た。たしかに身体とこの荷物は到着したんだけど、かんじんの僕の心が到着してないのだよ。だからね、僕の心が到着するまでもう少しここで待たせて欲しいんだ。」

この「心の到着」というエッセイは、私の師匠であり仲人でもあった保 巖 氏(たもついわお 錬心舘 第2代宗家)から何度も聞かされた話です。武道家の保氏は、常に、心身一如の気持ちで空手に向き合っておられ、心の大切さを子弟に説いていらっしゃいました。私自身も、フランスに行ったとき、「心の到着」とまったく同じ気持ちになりました。そして、この紳士のことを思いおこし、気持ちを落ち着けたのちに、おもむろに、空港からパリ市内に向かいました。

飛行機と異なり、ゆっくりとした船の旅は、私の心と身体をひとつにして、徳之島へと運んでくれました。

あれから22年、私は奄美の有人島8島を撮影して回りました。写真集【神々の島・奄美】も発刊できました。さらに「奄美観光大使」の称号までいただきました。 愛する奄美に恩返しをしなければいけないのですが、なぜか島々に悪友ばかりができてしまいます。特に宇検村に住む「えびおじさん」は史上最高の悪友となっています。

平成31年、まもなく元号が変わります。今年もそろそろ奄美に撮影に行く準備に取りかかっていま す。スローライフの奄美へ「心」とともにうかがいます。

 

村上さんは空手と写真の2つの分野で活躍され、写真に関しては鹿児島県写真協会の会長も務めていらっしゃる。しかし、私にとっては、穏やかで、冗談好きの、愛すべきふつうのおじさんなのだ。ところで、史上最高の悪友とは、最悪の友人と翻訳すべきなのだろうか。

村上さんは、これからも、「黒潮海道」と題して文章を寄せていただけるそうだ。奄美と沖縄は、世界自然遺産登録に向けて、今年は、再度の挑戦の年になる。村上さんにとって、これまでにも増して忙しい年になることだろう。

(文:えびおじさん)

金作原(きんさくばる)原生林

手広(てびろ)海岸

奄美まつり  いずれも、村上氏の撮影による。

村上光明 氏

 

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