活車えび宇検養殖株式会社

宇検だより

ケンムンおじさん

2018-12-21

受験のシーズンが近づいてきた。今年(平成30年・2018年)1月の大学入試センターの試験に、アニメのキャラクター「ムーミン」を扱った問題が出され波紋を広げた。受験生たちは少なからず当惑し、日本や北欧の研究者たちの間に物議を醸したようだった。

さて、それでは「ケンムンの国はどこでしょう」という問題が出たらどうしますか。受験生の皆さんは覚えておいてください。それは日本、さらに言えば奄美大島です。

南西諸島に浮かぶ奄美大島には「ケンムン」と呼ばれる妖怪がいる。ケンムンは、大河ドラマ「西郷(せご)どん」にも出てきた。妖怪だからその存在は定かではないのだが、聞くところによると、奄美大島に限らず群島内の各地に潜んでいるらしい。奄美大島、徳之島に多くの伝説が残っている。

姿かたちに関する証言はいくつかある。猫に似ているとも、犬のようとも、はたまた猿のようだったとも。しかし河童(かっぱ)にそっくりだというのが主流である。ケンムンは、ガジュマルやアコウの木に棲み、いたずら好きで、人間の子どもたちと相撲を取るのが好きなようだ。また、山仕事の手伝いをするとも。そういった可愛らしさや誠実さの反面、人間に化けたり人を連れ去ったりする恐い存在とも伝えられている。ケンムンの「ケ」は「怪」と言われている。つまり「怪のもの」である。

さて、宇検村の久志(くし)集落に住む中條森雄(なかじょうもりお)さんは、親しみを込めて「森雄おじ」と呼ばれているが「ケンムンおじさん」の愛称も持つ。ケンムンに詳しいのだ。

ケンムンの話を聴こうと、このほど、中條さんを訪ねてみた。中條さんは昭和2年生まれの91歳。郵便局を退職してからは悠々自適の生活である。三味線を弾いて島唄を楽しみ、絵も描く。週に一度は、近くの体育館に足を運び卓球で汗を流している。

いつもは穏やかな語り口調の森雄おじが、ケンムンの話になるとたちまち饒舌(じょうぜつ)になってしまう。それもそのはず、森雄おじは実際にケンムンを見たことがあるのだ。体験談である。話を聴こう。

今から70年近く前、戦後すぐの頃である。森雄おじが25歳くらいだった。ある晩、父親と一緒に、小さな舟に乗って焼内湾(やけうちわん)に「たこ取り」に出かけた。焼内湾は宇検村の真ん中を東西に伸びる湾である。湾の入り口には枝手久島(えだてくじま)という大きな島がある。周囲13kmはある。無人島である。

夜中11時頃になって舟は枝手久島の海岸近くにやって来た。海岸に人が立っているのに気づいた。大人と子どもの2人である。月明かりの中、貝を採っているようだ。しかし、ここは無人島である。不思議に思った。すると、こちらの舟に気づいたのか、大人が子どもを抱いて慌てて森の中に逃げて行った。月明かりの中、その姿は河童のようにも見えた。しかし体全体が茶褐色で猿みたいな毛で覆われていた。森雄おじは、これが噂に聞くケンムンだと確信した。遭遇したケンムンは、大人といっても人間の5~6歳の子供の背の高さだった。

森雄おじは、その後さらにもう一度、ケンムンと遭遇している。夕暮れどきの海岸でケンムンは海を見つめていたそうだ。おそらく魚か貝を取ろうとしていたのだろう。そのときも森雄おじは舟に乗っていた。同乗していた叔母の「目を合わさないように」という命令で慌てて沖合いに舟を走らせたという。

身ぶり手ぶりを交えての森雄おじの話しぶりは、まるで昨日のことを語るようで微に入り細に亘っている。森雄おじは、もともとケンムンに関心を持っていたが、実際にケンムンに遭遇してからは、以前にも増して心を惹かれるようになった。

森雄おじから、ケンムンについての知識を教えてもらった。

焼内湾に浮かぶ枝手久島は、昔はケンムンの島と呼ばれていた。枝手久島に限らず、ケンムンは奄美の山の中におり、ガジュマルやアコウの木に棲んでいる。だから、山の中の大きなガジュマルの木を切ってはいけない。また、山の中に1人で行ってはならない。ケンムンの好物は魚の目玉(魚そのものは食べないで捨てる)や貝である。だが、たこは苦手なようだ。姿は河童に似ているが、水掻きはなくて泳げないらしい。唾液(だえき)が青く光る。どうやらリンを含んでおり、これが灯りの代わりになるようだ。人間の言葉を理解する。だから、家の外でケンムンの噂をしてはいけない。噂をするとその人を連れて行ってしまう。ある人は連れて行かれて1週間も帰って来なかった(こうなると、もういたずらのレベルではない)。ただし家の中で噂するのは構わないとのことだ。

昔は、ケンムンを見たという人がいっぱいいたという。今、あまり、その手の話が出てこないのは、海岸沿いの道路が整備されて山道を歩くことが少なくなり、また、以前は盛んだった林業が衰退して山に入ることが少なくなったからともいう。さらに言えば人間との棲み分けがうまくいってるのだろう。もっとも、昔も、人間とケンムンは仲良く暮らしていたらしい。

森雄おじは、絵を描く趣味があると先に書いた。当然のことながら、ケンムンの絵もあるだろうと尋ねると、やっぱりあった。数枚を見せてもらった。これはその1枚である。なるほど、森雄おじの説明の通りである。たこと格闘しているのだろうか。

弊社の従業員からもケンムンに関していくつかの証言がある。「私の祖父は若い頃ケンムンと相撲を取って、残念ながら負けたらしい!」とか、泊まり明けの勤務者が「夕べはケンムンは出ませんでした!」とかである。本人の体験談でないのが惜しいが、奄美の妖怪ケンムンは人々の生活の端々(はしばし)に今でも登場するようである。

私も、いちどは会ってみたい。恐いもの見たさである。もしかすると、ケンムンはこのHPをどこかで覗(のぞ)いていて、会ったら、「描写が甘い!」とケチをつけて来るかもしれない。         (文:えびおじさん)

「ケンムンおじさん」 こと 中條森雄さん

ケンムンの島? 枝手久島

森雄おじが描いた「ケンムン」  たことの格闘シーン?

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